50歳からのダイエットブログ by あさひ

あさひのよもやま日記

身も心も健やかに〜食事日記を中心に日々のあれこれ綴ります。ダイエット、躁うつ病、断酒、夫・義母・ワンコと4人暮らしの専業主婦

【断酒】アルコール依存症の怖さ…父親が教えてくれた…断酒を続けます。

大きなニュースになっているTOKIOの山口さん、明らかにアルコール依存症ですね。

ご自身で自覚がないのが恐ろしいです。  

復帰する前に、きちんとお酒に向き合ってほしいと思います。

まず「アルコール依存症」だと自覚してほしいです。

そして、専門の病院に入院するなり、断酒会に入るなりしてほしいです。

お酒は魔物、意識のない依存症の怖さを知ってほしいです。

私の父親もアルコール依存症でした。

寝巻姿で自販機の日本酒を買いに行く姿を見て、私は「軽蔑する」と言ったらしいです。

私は全く覚えていません。

父親が断酒会でそう話しました。

父親は2年間、アルコール依存症の専門病院に入院していました。

もともとお酒が大好きで、毎晩晩酌をしていました。

毎晩、日本酒を2合から3合飲んでいたと思います。

会社を退職してからは、朝から酒浸りになり、失態、失禁、母親を困らせて、自分で、もうどうにも制御が出来なくなったと自覚して、みずから「入院させろ」と言いました。

私は当時、東京にいたので、入院した時の話は母親から聞きました。

それから2年間、実家の広島に帰った時は、父親を見舞いました。

入院した最初の1週間は、お酒を身体から抜くため、独房で、とてもきつかったらしいです。

幻想を見たり、幻聴が聞こえたり、地獄絵巻だったそうです。

それが抜けても、なおお酒を飲みたい一心で苦しんだといいます。

アルコール依存症の専門病院ですから、当然お酒は一切飲めません。

自由時間には、囲碁や将棋、トランプ、写経、絵描きなどをして、決められた時間に体操をして、日記を書きます。

お酒以外趣味のない父親は、手持ちぶさただったといいます。

私に何度も手紙や葉書をくれました。

半数以上の人が、退院しても我慢ができず、お酒を飲み、家族や周囲の人に迷惑をかけ、二度三度と入退院を繰り返すらしいです。

退院の条件は、「家族の同意がある」ことと「退院後に断酒会に入る」ことです。

そして、抗酒薬 (お酒を飲むと、とてつもなく気持ちが悪くなり、飲むのをやめようと思う薬) を毎日飲みます。

断酒会には母親も同席しなければなりません。

週に2回、大変だったと母は言います。

私も帰省の際に一緒に行きました。

そして「軽蔑する」と私に言われた時の話をしました。

「これからは子供たちの見本になるような親になります」と断酒会の皆さんの前で誓いました。

断酒会では、それぞれがお酒にまつわるエピソードを語ります。

いろんな職業の人がいました。

みなさん夜を待ちきれず、こっそり朝や昼間から飲んだりして、失態を繰り返している方たちばかりでした。

お酒は本当に恐ろしいです。

父親は、退院して3ヶ月で亡くなりました。肺炎でした。

3ヶ月の間、毎朝、自宅前の公園に行き、断酒の誓いを読み上げ、軽い運動をしていました。

私も帰省の際に、父親の誓いを聞き、一緒に運動をしました。

夜行バスで東京に帰る私を、見えなくなる最後まで、大きく大きく手を振ってくれて、見送ってくれました。

それが生きている父親の最後の姿でした。

今でも鮮明に覚えています。

もう 17回忌を終えましたが、今回のニュースでそんな父親のことを思い出しました。

酔っていた父親より、どんな時も私の味方でいてくれた、数々のこころに響く言葉を残してくれた、温厚で優しい父親を思い出します。

涙が止まりません。

あぁ、やっぱり私はお酒を飲んじゃいけないんだと。

断酒して2年と4ヶ月、この頃飲みたくなってしょうがなかったんですが、目が覚めました。

父親が身をもって教えてくれたことから学ばなくてはいけません。

一生とはまだ言えないけれど、1日1日、お酒を飲まない自分を続けていきたいです。

あさひ