50歳からのダイエットブログ by あさひ

MEC食で健康第一! by あさひ

MEC食とは 肉卵チーズを中心とした食事を30回よく噛む食事法です。 毎日の食事日記を中心に日々のあれこれを綴ります。

夫への不満でストライキ中

義父が亡くなり、義母を迎えるまで、私は私が出来る事をしてきました。

元々ズボラでグータラな私に、使命が降りてたきと感じたし、なんだかワクワクして、どんな問題も乗り越えられると言う自信はありました。

・家の片付け:汚部屋の整理
・杖・車椅子の手配: 無料で借りれた。
・立てない義母の介助 :食事、薬管理、血圧測定、風呂、車椅子での散歩、日々の記録、再入院までの手配

義母は性格がさっぱりしており、即断即決、おしゃべりも楽しいし、私ととても気が合います。

不自由なのに「ひとりでやってみる!」と回復に向けて積極的です。

そして、何より「ありがとう」「おいしい!」「あさひさんが大変だわ」と言ってくれるので、気持ちよく動けます。

毎日が楽しくなりました。

人は自分のことを考えるより人のことを考えて動く方が幸せなんだなと思いました。


夫も仕事を休んだり、早退したり、疲れているのに、できることをやってくれていると思います。


じゃあ何が不満かと言うと…

夫の言葉足らずなところです。

もともと寡黙で優柔不断です。

裏返せば、余計なことは言わないし、私の意向を尊重してくれます。

一緒に暮らし始めた頃はそれがじれったくてモヤモヤしたけど、人を変えることができないし、私が決めていけばいいんだなと思い、これまではそれで良かったんです。

しかし夫の母親と同居するということは大きな生活の変化です。

当初は2月の終わりぐらいと言う話だったんです。

それが急遽、義母の体調が悪くなり入院退院、同居になりました。介護も必要です。

「これから頼むね」

「ありがとう」
「助かる」
「助かった」

「おいしい」

これらの言葉をそれらのタイミングで聞ければそれで満足、何の不満もありません。

しかし、仕事から帰ってきて片付いた部屋を見て、荷物がどこに収められたのか、捨てられたのではないかを一番に心配しています。

そして最初の病院への不満です。
今更言っても仕方がない。救急を呼んでその時の流れだったんだから。

私が用意した食事は黙々と食べます。おとつい「豚肉は最強だな」とは言いました。薄味のスープには何も言わず醤油をかけて食べました。

普段からどぉ?と聞けば、「まぁこんなもんじゃない」と言います。

義母は最初の病院を退院してから、便が6日間出ず、漢方薬を飲んでもらったり、足マッサージをしたり、マッサージ機を使ってもらったりしたんですけど出る気配はなく、苦しいと言い始めました。

それで、紹介状を書いてもらった近所の病院に車で連れて行きました。

腸が動いておらず、血圧も高い、1人で歩けないと言うことで即入院になりました。

すぐに処置を受けお腹がすっきりして、良かった!そして理学療法士によるリハビリもさっそく始めてくれて良かった!

ひとりで立って歩けるまで入院、1週間から10日かかるでしょうと言われました。

後はお母さんの頑張り次第です、と先生に言われ、お母さんはやる気満々です。

先の見通しも立ち私も一安心です。

それがおとつい金曜日のことです。

会社を早退して病院に来た夫が、最初に発した言葉は、「おかしいと思ったんだよな」です。
最初の病院でまだ立てないのに早々に出されたことへの不満です。

その後、入院の手はずを整えた私へのねぎらいの言葉も感謝もありません。

私は何か食べて帰りたいと言って、近所の高級中華を食べて帰りました。

しかし私のモヤモヤは限界です。

昨日から、喉が痛いと言ってベッドから出ていません。

家事は放棄、食事も摂っていませんし風呂にも入っていません。

ベットでひたすら本を読んでいます。昨日は義母のお見舞いにも行きませんでした。

明日は広島の実家から母親が来ます。こんな状態で迎えられません。

どうしましょう。

これから、夫にこの文章をLINEで送ってみようと思います。

私が何を考えてるのか見当もついてないと思うので。

繰り返しますが、私が望む事は

その都度まずは「ありがとう」「助かった」

そして食事のたびに「おいしい」と言ってくれることです。

 

それではまた

あさひ

 

追伸
ずいぶんと長文になりました。
何度も推敲しましたが、削っても、更に増えたりして、きりがないのでご了承下さい。
読んでいただいてありがとうございます。